北本市議会 2019-12-10 12月10日-05号
そして、南西側の八幡町は、郡上八幡ということで古い城下町、あるいは古い郡上おどりなどが有名でございます。 今回は、八幡町の北側に接する大和町地域での取組について御紹介をしたいと思います。 もともと昭和50年ころ、当時、大和村と言われておりましたけれども、農業、林業などの第一次産業が中心でありました。
そして、南西側の八幡町は、郡上八幡ということで古い城下町、あるいは古い郡上おどりなどが有名でございます。 今回は、八幡町の北側に接する大和町地域での取組について御紹介をしたいと思います。 もともと昭和50年ころ、当時、大和村と言われておりましたけれども、農業、林業などの第一次産業が中心でありました。
この間もちょっと郡上八幡というところに行ったときに、古い町並みがいっぱい並んでいるんですけど、そこの軒先に縁台がありまして座布団が置いてあるんです。それで、その真ん中にこうに小さい灰皿が置いてあるんです。それは一般のうちです。いろんなところに置いて。やっぱりそういうのもおもてなしかなと思います。
埼玉の郡上八幡だなどと言う方もおられます。和光市の湧水は、地形上、湧出してくるものですが、和光市民は昔からわき水を活用し、親しみ、生活文化をつくってきました。外から来た方が見ると、これは感動するほどすばらしいことなのです。和光市民は、この豊かな和光市のわき水を大切にし、誇りに思っています。 そこで伺います。
我々よりもいち早く郡上八幡での同時期に岐阜博に向けて88メーターのこいのぼりをつくった高校生の一団があらわれ、東京銀座でビルに掲げ、突風によりこっぱみじんに砕けたという新聞報道とテレビ報道がありました。彼らはそこで諦めてしまいました。我々はそこで100 メーターに挑戦し、何週間も市民とともにこいのぼりを制作し、やっとつくり上げたわけですけれども、どう上げていいか苦労の日が続きました。